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東京の隅っこ

渋谷で働く平社員の雑記

社会人12年

気がついたら社会人になって12年を超えていた。

普通の人は4月1日だと思うけど、大学を中退して働き始めたので、自分の場合は11月1日がスタートの日。

 

最初に入社した会社

とある不動産会社の子会社で受託開発を主に行う小規模な会社だった。

12年前はまだまだITも走りの時期だった気がする、フロムエーやらとらばーゆやら

色んな求人広告を見ると「独立を応援します」とか「研修生募集」みたいなキャッチ。

当時の自分はというと、公務員試験を受験するも全滅。

そんな中で働いて東京に残るか、地元に帰るかの二択の中での就職でした。

 

1ヶ月目はビジネスマナー及びITの基礎研修、2ヶ月目は現場でOJT研修。

OJTと言っても、配属先は2次請けのシステムオペレーター業務。

今ではあまり聞かなくなったけど、大型汎用機とサーバーの運用、基本的に指示書に

そってコマンドを入力するだけの仕事。

現場はというと、そこそこ固い職場なのにホストみたいな格好をした20歳前後のオペレーターが客先の社員という環境。

頑張ってはみたものの、得るものはないなという思いと、これ以上無理だなと思ってわずか8ヶ月で退職。

今考えると、何にも分かってない18歳で24時間365日勤務、4チーム5人だったけど

5人の内の4人は1次請け社員で自分だけ疎外感。

というのはキツかったなぁ。。

 

次に入社した会社

IT関係で探すも、資格もないしキャリアもないし年齢も19歳と若い。

プログラミングが出来るわけでもないし、何かに突出しているわけでもない。

そんな状況だったので、色んな所に応募するもどこからもお祈りメールが返ってくる状態。

でも仕事はしないといけないと思って、コミュ障だったのにコールセンターへ応募。

派遣だったけれど、とあるゲーム会社にて1年間勤務、外部要因として色んなことがあったけど

この仕事のおかげで電話嫌いが直って今に至ります。

"苦手だけど背に腹はかえられない"という意気込みで飛び込んでみて良かった。

当時の同僚とは10年経った今でも交流があります。

 

その次に入社した会社

次の仕事はIT企業に復帰したい!・・・という気持ちで、コールセンターを辞めたものの

ここでも悉く惨敗、資格が無いのがダメなのか、20歳という年齢がダメなのか、やる気だけじゃダメなのか…

そんな中、ファインドジョブにてスカウトメールをくれた会社へ応募し、面接へ。

社員30人規模で受託でソフト開発をしながら、色んなプロジェクト現場に人を飛ばしてる

普通の小さなIT企業でした。

若いけど「家族がいるからこいつは逃げないだろう」と社長が思ったらしく、縁があって正社員採用。

 

その会社での最初の現場は文教向け教育ソフトのインストラクターでした。

ちょうど夏休みだったので、小中学校を回って教職員へレクチャーを行うという感じ。

レクチャーの無い日は社内で技術書を読んで勉強。

ちょうど夏休みが終わる頃、とある通信系企業のプロジェクトへアサイン。

そこでは2次請けだったけれど、同じような2次請けの立場の人達も結構多く、1次請けと

2次請けの間での軋轢というのも無く、非常に和気藹々と働いてました。

 

ネットワークオペレーターというものを1年ちょっと経験し、そろそろステップアップしたい!

とい思いを会社に伝えたところ、別プロジェクトへアサイン。

アサインされたものの、この現場での色んな出来事がこの会社を辞める直接のきっかけになりました。

当時の自分には要求レベルが少し高い現場だったということ、会社がそもそもスキルレベルを

把握出来ていなかったということ、現場で人を育てようという認識がなかったということ、

アサイン先のSI社員がコミュ障だったこと、基盤運用SEなのに定時の概念が無い、など。。

今考えても色々おかしい職場・会社だったけど、今でも理解出来ない。

12年働いた中で辛い出来事も多かったけど、正直この現場が一番キツかった。

キツイ分得るものがあるかというと、当時培ったスキルは何も役に立っていないし、

地獄のプロジェクトを経験したという精神的な強さだけが得たものかもしれない。

 

そんなこともあって、会社に退職の意思を示し、自分の代わりにと会社から2人ほど

送り込まれてきました。

その2人から後日「よく頑張ったね」と理解は示してくれたものの、その2人もその内

この現場からはいなくなってしまいました。

うーん酷かった、当時本気で自殺を考えるぐらい酷い現場だった。

 

そんなこともあり、今度はどこかに飛ばされる仕事ではなく、自社サービスを持っており、

その運用が出来るIT企業で働きたい!という気持ちを胸に転職。

ここでもいくつか面接を受けるも撃沈続き、結果的には2社ほど最終面接へ進みました。

1社は勤務形態が契約社員だったけど、最終面接で撃沈。

もう1社は「この会社の面接がダメだったら、諦めて死ぬ覚悟で頑張ろう…」と

思っていた中での採用内定。

そんなこんなで地獄の職場を脱して、何だかんだでホワイトな会社へ転職出来ました。

 

このホワイトな会社では主にネットワークの運用管理保守という、浅く広く上流工程の仕事を担当しました。

上流工程と言っても、技術的に何か目立つものがあるわけでもなし、身につくわけでもなし、

調整とサービス維持と縁の下の力持ちであるということを学びました。

途中で辞めたくなったりもしたけど、5年続けて退職。

退職理由は身内の会社を引き継ぐためでした、結果的には上手くいかなかったけれど。

もし辞めなかったら、今でもあの会社にいたのかなと思うぐらい、まったりホワイトな会社でした。

 

そして次の会社、これは身内の会社でした。

ただ身内でもある社長のワンマン経営かつ、今までの分野で培ったものが全く活かせない異業種異分野異業界。

都内から別の地域に引っ越したこともあり、それも良くなかったのか、必死で頑張っても

ほとんど報われることもなく、失意の内に東京へ帰ってきました。

 

そして今、都内のIT企業で働いています。

一般的にコレだ!って当てはまる職種がないけれど、日々忙しく楽しく、将来の

出世と会社の拡大を夢見て働いています。

 

 

無駄に長くなってしまったけれど、ただのパソコンとインターネットが好きで、

学歴も職歴もチグハグでバラバラなのに、よくここまでやってこれたなーと

我ながら褒めてあげたいのです、この12年間を。

他の人から見たら物凄く遠回りだと思われるかもしれないし、努力と我慢が

足りないかもしれない。

でも遠回りをしてきた中で感じたことは、得るものがない中にあっても、それは

この先自分が考えもしなかった所で役に立つかもしれないということ。

 

人生そんなもんな気がする。